手紙

※女からオズへの手紙。増える可能性があります



オズへ


 東の国では、繊細でやさしい雨がよく降り、またそのたびに風があたたかくなるのを感じます。そちらでも熊たちが目を覚ます頃でしょうか。


 最後にお会いしたとき、お手紙を差し上げると私が言ったら、あなたはいけないと仰いませんでした。とてもうれしかったので、きっとずっと覚えています。読んでくださらなくても構わないけれど、読んでくださったらもっとうれしくなります。


 さて、はじめてのお手紙ですから、どんなお話がいいかしらと思いながら、筆をとりました。


 私が今いるのは、東の国のさらに東、深い渓谷を越えた先にある森の中です。師の知己が住む館があり、私は師に連れられて度々そこを訪れます。深い緑色の屋根と、素朴なれんが造りのかわいらしい邸で、どこかなつかしく、好ましく思います。

 師の知己は素敵なところに住んでいるだけではなく、物をたくさん知っていて、本をたくさん持っています。色々なことを教えてくださるので、私は彼のこともとても好きです。


 先日のよく晴れたお昼、彼がまたひとつ、よいものを教えてくれました。金色エルムの葉のことです。日の下ではただのまあるい葉っぱなのですが、清らかな水に一晩浸けたあと真昼の日に透かすと、葉脈がうつくしく金色に浮き出ます。そのまま晒しておくと、葉脈だけが標本のように残りますが、これは簡単な魔法薬の材料としても使えるそうです。

 とてもきれいだったので、ここに同封します。どんな風になさっても構いません。


 きれいなものを見ると、あなたを思い出します。

 今度は、北の国でも花が咲く頃にお手紙を差し上げるつもりです。お元気で。


より


















オズへ


 やわらかい風に、緑のにおいが交ざるようになりました。花の彩りは愛らしく楽しいものですが、時々雪の冷たさが恋しくなります。そちらも花開いた頃でしょうか。


 前のお手紙から、そんなに時間は空いていませんね。あれは届いたかしら、読んでくださったかしらと思う時間は楽しいものでした。あなたのいない場所で、あなたのことを考えるのは、私のぜいたくのひとつです。お元気で過ごしていらしたらいいなと思っています。


 今回は、南の国の山岳の間で筆をとりました。こちらの山々は緑と岩肌のコントラストが力強く、見るたびに目が覚めるようです。精霊たちは鷹揚な気性の持ち主で、とくに朝は気持ちのよい風が駆けます。そう言ったこともあり、やはり北の国に比べると穏やかなものですから、師は物足りないと度々口にしていました。でも、その物足りなさこそがよいときがあるのだとも言います。私には、よくわかりません。


 さて、このたびはこの国の秘境の神殿に用事があるのでした。しばらくそこで過ごしていますが、山岳の高いところにあるので、天候が変わりやすく、空が明るいまま雷が降りることもあります。晴れの稲妻をとくに清浄なものとする土地もあるのだと、師から聞きました。きれいだから、皆そう考えるのだと思います。


 ところで、今朝は山羊の乳で作ったチーズを頂いたのですが、こちらのチーズは口に入れてからもするすると伸びてしまうので大変でした。お屋敷あてに送ります。おいしいので、召し上がってみてください。


 あなたほどきれいな雷には、もう出会えない気がしているのです。

 これから、雨がたくさん降る季節がやって来ますね。お元気で。















オズへ


 雨露を含んだ花が、よりいっそう甘く香るようになりました。師に着いて旅をしていると、虹をよく見かけます。北の国では変わらず、あのうつくしい細氷が降っているのでしょうか。


 お手紙を書くのは三度目になります。

 先のお手紙を差し上げてから考えたのですが、私がこうしてしたためているのは、本当に伝えたいことや知ってほしいことというのとは、すこし違うような気がするのです。伝えたいからお手紙を出しているのではなくて、お手紙を出したいから、伝えたいことを見つけているのかもしれません。

 師にそれを言ったところ、若いですねと笑われました。いつかそうではない日が来たとして、それでも私はあなたに、楽しいことやうれしいことを、ただしたためただけの手紙を出してみたいと思います。


 今は、西の国で過ごしています。人間も魔法使いもたくさんいて、古いものにも新しいものにも溢れたところです。師は退屈が苦手なので、時々西を訪うのだと言っていました。華やかでめまぐるしく、私もずっと退屈しません。


 このたび私と師の過ごした街は、音楽が盛んで、たくさんの歌や楽器の音を聴きました。いつも誰かが歌ったり、弾いたり、踊ったりしていて、今も雨音すら奏でられているように思えます。気に入ったので、私もリュラを習いはじめました。弦に触れると、きらきらと零れるように響くのがよいのです。きれいに演奏できるようになったら、聴いてくださるとうれしいです。


 もうしばらくしたら、北の国に一度戻ることになります。師は、北の国が一等好きなのです。

 たくさんのなかで一等というのは、素晴らしくて、稀なことですね。私はまだ、一等がよくわかりません。師はたくさん修行すればわかるようになると言っていました。きっとすこし嘘で、すこし本当です。


 あなたにも一等があるのでしょうか。

 太陽がさらに輝く頃、またお会いしたいです。お元気で。






2022.2